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2007年5月

砂時計の時間

「砂丘」 の 話 です

日本最大の 「砂丘」 と いえば

_『鳥取砂丘』

HPに よれば 東西16Km 南北2Km 最高起伏92m の

「海岸砂丘」 

  「砂漠」 との 違い は 降水量 だと いいます

  『鳥取砂丘』 には 雨も降れば 雪も降る

  そのおかげで 植物も 育つし 昆虫も 生息する

  一方 _「砂漠」 は 乾燥地気候の 中でも 乾燥が 厳しい

  生物に とっては 極限の 場所です

実際 目にすると その 壮観さ に 息を 呑みます

一面 きらきら 輝く 砂の世界 

「馬の背」 と 呼ばれる丘の 頂上を 目指して

進めば 進むほど その砂の世界 の 

主人公に なったかの ような 錯覚に 陥ります

しかし 現実は 砂上の 歩き難さと 

思いのほか 遠い 目的地に

「後悔」 の 二文字

でも せっかく だからと 歩みを進めると

引き返そうとも ままならない所 に いることに 気づく

それでも なんとか 頂上に たどりつき 

達成感を 胸に 日本海 を 望む … 

しかし その打ち寄せる 波に ふれるには 

その先の 急斜面を 下らなければ ならない …

引き返す 労力も 考えると … 断念

この時ほど  

なにやら もぐもぐと 噛んでいる 「らくだ」の とぼけた顔が 

恨めしい と 思う 瞬間も ないかと 思います

いっそ ダンボールの ソリか 

オリンピックさながら スキージャンプで 滑り 降りたい …

その 衝動に 駆られながらも 現実に戻り 帰路に つく

砂上を 歩く時は 

誰かの 残した 足跡に そって 進むと 歩きやすいです

一度 踏みしめた 跡は 多少 固まって いるから

まさに 人生と 一緒 … 

いや _わが道を行く という方 は

雪の上 を 歩く時のように 

かかとに 重心を 残して 歩けば 多少は … 

…………

『鳥取砂丘』 の 近くに

『仁摩サンドミュージアム』 が あります

外観は 大小6基ある ピラミッド群 が 特徴

なんでも _クフ王のピラミッドの 

墓室の中に あったといわれる 「鳴り砂」と

琴ヶ浜の 「鳴り砂」が 似ていると いうことで

設計された そうで

その 「鳴り砂」体験が できる 

「砂博物館」 です

それと 一年で 一度だけ ひっくり返す

世界最大の 「一年計砂時計」 _『砂暦』で 有名 です

その 大きさ は 全長5.2m 直径1m 

その 容器の中を

1t の 砂が 刻々と 落ちて ゆく …

その量は コンピューターにより 圧力の 制御をされ

正確に 時を 刻んでいます …

_想像 してみて ください

この『砂暦』 のように 『砂時計』を 

地球規模に 巨大化させ

あの 「砂漠」の 「砂」を 中に 詰め込んで みましょう

かなり 気の遠くなりそうな 話です が

せっかくだから 何かを 計りましょうか

さて 何に しましょう …

… ひょっとすると 

そんなふうに 誰かが 何かを 計っている 最中が

今の 『砂漠』 の 状態 なのかも 知れません

では いったい 何を 計っているのでしょうか …

… 神のみぞ 知る …

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ハチミツと四葉のクローバー

さて 問題 です

Q.北極と南極 溶けても  

海の水位が 変わらない のは どちらでしょう?

A.北極 

 南極は 大陸の水分が 凍ったもの

 北極は 海の水分が 凍ったもの で

 ペットボトルの 水を 凍らせて 溶かしても

 初めの 水量を 越えず あふれない のと 同じ

…………

今日 朝の散歩 を していたら 

「四葉のクローバー」 を 見つけました

いくつもの 群落(?)の 中に 目に付いた

「四葉」

探す気に なれば 見つかる ものですが

あれば あったで 気分は 良好 です 

単純なんですね

_しかし そういう時に 気になるのが

投げ捨てされた ファーストフードなど の ゴミ

どこに 行っても あの ビニール袋 の 花が咲き

カンや ビンの 丸太 が 転がって います

せめて ゴミ箱 に 捨てる くらいの 配慮 は

持ち合わせて いないのか 不思議 で なりません

_『富士山』 が 世界遺産 に 指定 されない 

理由 の ひとつは ゴミ だと いいます

あれだけ 雄大 で 白い 冠雪が 際立つ 青い山 が

世界に 誇れない なんて 情けない ですよね

かつては 山岳信仰 の 中心 で こぞって 拝んだ お山

今 日本が 直面している 不況や 心の病は 

おざなりにされている 八百万の 神様の 

天罰 なのかも しれません…

_はじめに ふれた 局地の 氷の 話です

『地球温暖化』で 永久凍土 で あるはずの 

氷が 溶けはじめて いる というのは 報道などで

ご存知の 方も 多いでしょう

だんだん 地球が 暖まってきて 

例えば _

映画にも なった 『ペンギン』

彼らにも 甚大な 影響が あるそうです

_彼らは 子育ての際 集団で コロニーを 作り

寒さ や 外敵 から 子供たちを 守っています

その間 親たち が 交代で 海へ 

子供たちの ために 小魚などを お腹いっぱい とって

戻ってくると それを 吐き 子供たちに 与えます

ですが 海から コロニーまで の間に ある 

氷の大地が 溶けたり 裂けたり すると 

裂けた谷間に 落ちて 閉じ込められたり 

地形の変化で 迷い 立ち往生したり

コロニーに たどり着かない事態に

すると 当然 まだ 餌の とれない 

子供たちは 飢え 

また 閉じ込められた 親たちも 壊滅

コロニー自体も 周りが 溶けて 流される ことも

間違いなく 生態系にも 影響が 出ています

_ただ 『地球温暖化』 という 言い方も

実は 違う のだ とも いいます

今の 地球は もっとも 冷えた 『氷期』 で

周期的に みれば まだまだ 気温は 上がる とも

_そうなれば これも 

自然な 成り行き と いえないことも ありません

ただ 誰も 知らない こと なので

私たちは 自分たちと その仲間たち が 

生き残るために 何か やらなければ ならない

むざむざと 死んでいくのを 見過ごす だけでは…

やがて それは 私たちの 未来に 迫る こと

せめて 身近な 生き物たち と 一緒に 

最後を 迎えたいって 思います

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風の大地の上で

  時に 春の到来を 知らせ

  時に 鳥のさえずりを 軽やかに 響かせ 

  時に 湿り気を 淀ませ

  時に からりと 運びさり

  時に 大地の熱を 上昇させ

  時に 木々の 実りを 散らし

  時に 雨や雪のつぶてを 投げつける

  川の流れのように いつも新しく

  海の潮流のように 隅々に めぐり

  山の緑のように 豊かな 恵みをもたらす

  でも それは きまぐれ

  私たちの 思惑など お構いなしに 吹きすさぶ

  …………

ここ数日の 強風に 迷惑千万の 方も いるでしょう

でも 「彼」らの 邪魔をしているのは 

私たちの方かも 知れません…

_今 ある 「風」が 人々の 心に 吹いています

『千の風』と 呼ばれ 

突然の 不幸に みまわれた 人々の 心に

ぬくもりを 与え その悲しみを 吹き流す

「癒し」の風

一地方の その伝承詩は 世界各地に 広がり

それぞれの言葉と 旋律で 歌い継がれて います

それは 

「必要とされているところに 届く」 といわれます

本当は そんな 「風」が 吹かない 世界が 

望ましいのかも 知れません

でも 現実は 悲しみに 満たされ続けて います

時には 強すぎて 悩まされても

この 「風」が 誰かに 必要とされている と 思うと

冷たい仕打ちも 少しは ぬくもりを 感じられます

でも それも 

私たちの 勝手な思い なのかも 知れませんけど

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ワイルド・ライフで

『敵対的買収』 という 文字を 

新聞やTVで 日常的に 見かけるようになりました

一部の 投資家や 会社経営者だけでは なく 

ごく 普通の人々にも 深く 係(かか)わる言葉として

明日には 勤め先の 名前が 変わっているかも 知れない…

明日には 無職に なるかも知れない…

いつの間にか そんな不安が 常と なってしまいました

それは 大企業で あればあるほど 独自性が あればあるほど

つきまとう ジレンマ なのだ そうです

先日 そんな買収『劇』を 防ぐべく 対抗策に 乗り出した 

経営者たちの 悪戦苦闘を 綴(つづ)った 

ドキュメント番組が 放映されて いました

_買収を 繰り返し 今や 世界的な 『帝国』 を築きあげた 

大企業に いかに 対抗するか 

さまざまな策を 練り 実行していく…

そんな姿をみながら 『墨攻』 (酒見賢一著 新潮文庫)

という 小説を 思い浮かべました

   古代中国の戦国時代に 存在した 

   今だ 謎多き 『墨子』と『墨家集団』

   故事に その言葉を 残す 『墨守』 

   _弱小の民衆とともに よく城を守った 

   が 転じて 自説を堅く貫(つらぬ)く の意_ 

   で 知られるが その 実際の兵法など は 不明

   だが 当時 一大勢力で あり その思想は ことごとく 

   『儒家』と 対立 していた 

   『史記』には その断片が 残されているのみ

現代に その『墨子』が 生き返り こんな世界を 見て 

どう思い どう行動するか はなはだ 興味深い ところです

   _この グローバルで ボーダレスな 世界の

   『お金』 を めぐる 攻防戦 

   『城』 を どうやって 守りきるか_

「賢者は歴史に学び 愚者は経験から学ぶ」 

これから やるべきことは すでに

過去に やりつくされている かも 知れません 

問題は どこに それがあるか を 探すこと に 

かかっている のでしょう

   

 

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ギャラリー・フェイク・ふぁー

また一人の作家が亡くなりました。

60代後半から 書き始めた 一連の 『忠臣蔵』もので 

斬新な視点と 硬質な文体 脚本家時代に培った構成力 で

船出は快調  航海は順風満帆 かと思われました が 

突然の 座礁 _彼の前に 巨人が 立ちはだかったのです

巨人の名は 司馬遼太郎_ 

その言動や 作品群は 今も 燦然(さんぜん)と輝き

多大な影響を 読者や 同業作家たちに 与えつづけています

彼も そこから 逃げられなかったのでしょうか

ある作品の 表現が 記述が 無意識にか 似通っている と

指摘を受け 絶版という憂き目に あってしまった…

…………

先日 海の向こうで 何人もの学生たちの論文に

同じ間違いのあるのに 疑問をもった 教授が 調査したところ

学生たちが 参考にした 検索サイトの 記述が間違っていた と判明

以後 サイトからの 引用が禁止 と なったそうです

昨年 亡くなった 作家 吉村昭 には

作品を 書くときは 必ず 参考資料の 元を あたってから と

取材力に定評のあった 彼らしい 決め事が あったそうです

_古今東西_

ひとつの作品を めぐる 表現方法の 是非は 常に 問われ

真の オリジナルを求める 旅 は 人類が表現を始めた 瞬間から 

終わりなき 賛同と 羨望に 突き動かされて 続いていく…

パンドラの箱に 最後に残った あの 『希望』 という名の 列車に乗って…

…黙祷 

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ブラックジャックによろしくお願い

昨日 初めて119に電話しました

一緒にいた方の説明によると 急に意識がなくなり 昏倒したそうで

救急車を呼んで欲しいと 悲鳴 に近い依頼に応じた形で です

待つ間に 幸いにも 意識は戻りましたが 顔面蒼白 で 

まだ措置が 必要なのは 明白 ですが 

所詮素人 …何もできず ただ見守る だけでした

…到着まで 実際はたぶん7~8分くらいでしたでしょうか

でも 待つ身には 長い時間 そういう時の時間は 遅く過ぎる…

すぐに 事情説明と 応急措置がされ その後 どこかへ搬送

ほっと 胸をなでおろしました

_あの先日の大阪での 事故のことが 頭をよぎります

運命のわかれ道は どこにもあるんだ と 

あらためて 感じさせられました 

偶然に 運悪く では すまされない 事故 事件 災難 が

一歩先に 口をあけて 待っているかも知れない と

とても やりきれない 

……………

でも 明日は来るし お腹は 減る

_止まったままじゃ 倒れたままじゃ いられない

せめて 足元 だけは 気をつけましょう

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はじめの一歩の二の足

はじめまして。ネコまくらです。

これから 愛しの【北海道人】になることを

夢見る 一般人の 地味に もがく日々を 趣味もまじえて 

気ままに紡いでみようと思います。

ほんの暇つぶしにでもなれば幸いです。

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